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2014年10月10日 (金)

いつもどおりに

南相馬のライブは無事に


そして、ジュリーは予想どおり、
被災者の皆様に特別なメッセージを贈られることはなく、
いつもどおりにステージを進行されて。


それが自分のやり方であるし、祈り方であると。
一貫されておられるなあ。



どこかで初日以外は緊張しないと聞いたことがあるけれど、
正直不安もあり、絶対緊張していたと思う。



そして地元の人々に間近に自分の歌を聴いてもらおうという意図がおありやったのか、
ファンクラブは5列目から、それより前は地元の人々で。




聞いた話によると、最初から男性の声援がすごかったみたいで、
多分それで「よしっ」と吹っ切れたんじゃないかなあ。

で、ウレしくなって、

いつもより多く跳んでしまったとw



会場の雰囲気も温かそうやったみたいやし、よかったあ。



ジュリーは被災地の空気を直に感じ取り、
改めて、これでよかったんだと、
いろいろと感慨深くされておられることでしょう。


来年はもっと東北に赴かれるかもしれませんね。



で、行かれたファンの皆さんの感想なりいろいろ見させてもらって、
気づいたこと。

いや、もちろん想像の域ですが



なぜ地元限定のライブにしなかったのか。



ジュリーのツアー日程を見た時に、
正直、思ったんですよね。
ここはファンが行くべきじゃないだろう、って。


だって、ジュリーにしてみたら一大決心をして
被災地に赴かれるわけですから、
行ったところで、ファンだらけだったら・・・ねえbearing


でも澤會枠もちゃんと設けて、


結果、どのくらいいらっしゃったのかは分かりませんが、
大勢のファンの皆様が行かれたのではないでしょうか?
ファンとしては、もうみんな母心ですよね。
そういう地で歌うケンちゃんを見護りたいという。



あえてファンの皆様にも門戸を開いた理由。

くれぐれも、ワタクシの個人的見解です。


ひとつは、被災地にお金を落とすことで、みんなで役に立とうという意図があったのだろうと。
相馬地方に行く公共交通機関といえばバスしかなく、
そのバスもジュリーのライブがあるということでいつもより大型のバスだったり、
行かれることでそこで泊まられたり、観光されたりするわけで。


そしてもうひとつは


心細かったsad


のではないかと。



昨年の函館でしたっけ?ファンだれもおれへんかって、
みーんなずーっと座りっぱなしだったからメチャ緊張したって。
その時の一種の恐怖というかw
その後の帯広のライブで、「やっぱこうでないとな」的なw




もちろん被災地の皆様に見てもらうというのがメインやけれども、
ちょっと姐さんジブンを盛り立ててちょうだい的なw



とにもかくにも、無事に終わってよかったです。



と・・・次は長崎福岡・・・・typhoon



一日遅かったら確実に危ないけど、
なんとか難を免れそう・・・だと信じてます!







Nayamu_2


F.A.P.Pで「なやむ~」と歌いながらのこのポーズ

マジで家庭を背負うお母さんみたいでしたしw



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Julie」カテゴリの記事

コメント

こんばんは、ブログいつも」楽しみにしています
南相馬行ってきました。緊張しました…私のほうが
席は11列、すぐ後ろは通路でそこには明らかに地元の方と思われる方々が…
前半硬さがみられ、ジュリー、やっぱり、いつもと違うエネルギー使っているなーって感じましたが、窮状はさすが、伝わるものがありました。、
着席を強要されることもなく、進みましたが、新曲の時は座って聴くことに決めていました、なぜなら、地元のみなさんにじっくり聴いていただきたかったからです。いつも通り、それ以上に丁寧に唄っていたように感じました。とくに「一握り人の罪」
私に今できることは精一杯の拍手だと思い、がんばりました。
ヒット曲にも支えられ、特に「危険な二人」の時は後ろの地元の方も楽しそうに手拍子していました。今回は男性が多いように感じられ、すぐ前の方は座ったままで、おどっていました。
当日券に長い列が続いていましたが、町の中には沢田研二の名前もなく、何より驚いたのは、タクシーの運転手さんが当日までライブのこと知らなかったということです。
アンコールの掛け声もいつもより力強く、ジュリーに「ダンボール」と聞こえると言われたほどで、きっと、ジュリーの想いは地元の方に届いたと思います。

投稿: Atsuko | 2014年10月10日 (金) 21時43分

Atsukoさん

南相馬レポありがとうございます!
ファンも、ジュリーも緊張していたでしょう、このステージ
でも、地元の方々の温かい雰囲気に助けられましたね。
看板とか、そういうのにお金をかけなくてもいいですという配慮だったんでしょうか?
(以前私の田舎であった時は会場から12キロくらい離れているトコロにも看板が出ていて驚きましたので)
市内のラジオだったり家庭内無線でありますよ~という呼びかけ程度だったのではないでしょうか?

きっと私たちの図り得ない配慮がなされたんだろうなあと思います。

投稿: Nasia | 2014年10月11日 (土) 02時09分

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