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2013年3月18日 (月)

Pray感想

休みの時でないと、なかなか向き合えない作品なので、
発売一週間後にしてやっとでございます。

ジュリーの歌やお芝居もそうなんやけれど、
正直、一発目から「うわっ!これエエわweepというのは
ここだけの話、あまりなくって(スミマセン)

回を重ねて聴いたり、観たりしていくうちに馴染んでよさがわかるというね。

言いかえればジュリー色にジブンが染められていくみたいな(/ー\*)

それはなぜかと、考えると、

やっぱり根っからのジブンの好みというのがあって、
第一印象て、ひっかかるものというのは、まず好みと合うか?ということやと思うんですよ。

まあ、言いかえれば根っからの好みがちゃうんやな・・・ウッウッ・・・ということなんですがcoldsweats01

ファンになって、あともうちょっとでまる6年たとうとしているけれど、
ホンマにファンになってないと知りえなかったたくさんの歌たちは、
私に新しい好みを与えさせてくれ、
まだまだ今でも「そうきたか!」と飽きさせないワクワク感を与えてくれます。

本当にありがとうございます。

前置きが長くなったけれど、

予想どおり、この「Pray」は、全曲東日本大震災に向けてのもので、
私のイメージは前作の続きというより、
前作のF.A.P.Pとカガヤケイノチの間くらいにこの4曲が入るようなイメージ。

それで8曲入りのアルバムを2年にわたって作りました。というイメージです。


つまり、さらに1年たったからといって、
復興は進んでいるのか?人々の心は?となると、
まだまだ、全然、じゃないか。というのをジュリーは歌にされたんだと思います。

そして、トークショーとかでの話を聞いているうちに、
彼の考え方というのは、
元の生活を取り戻そうと日々前を向いて生きておられる方々は、
(ほうっておく、というと語弊があると思いますが他の表現が出てこなくてすみません)

一方でのまだまだ現実に対峙できない人、ああしてほしい、こうしてほしいと心の中で葛藤しているのに、それを表に吐きだせない人、
そういう人達へ目を向け、寄り添いたいという気持ちが強いのだなあと感じておりました。

以下は、あくまでも私の歌詞から感じた感想。



Deep Love
は最初に聞いた時、
亡くなられた方々が生き残られた方々をどう思われておられるのか、
私なりの考え方があって、
こういう歌詞よりも、傷が癒えていない人々に区切りをつけさせ生きるということへの道を指してほしいなあ、と思ってましたが。

ジュリーの慟哭というか、

「そんな簡単やないんやで」

という声が聞こえてきたような気がして。
もし、ご自身がそういう立場になられたとしたら、きっと自分もこうなんだろうなあと、思われた部分もあったのではないかと思って。



ただ、そんな中でもわずかばかりの光明を示して詞をくくられておられます。

君と生きて行く 

背負い続けて 君と生きて行く

この詞がないとね、もう向かっていくのは“死”ばかりになってしまうと思うんですよ。
生きていてもしょうがない、って。
でも、ここで彼は

「わかるわかるよ。でも死んだらアカン、死んでも彼の人は喜ばないよ」と。

大切な人を亡くされ、傷ついて、まだまだその死を受け入れられない人の心に、わかるよわかるよ、と寄り添いながらも、そっと「生きて行こう」と言葉をかける。

なんて情の深い方なんだと。。

それもこれも歌詞で気づかされるなんて、
私もまだまだ人間修行不足です><

順番どおりではないですが、

そういう、彼の「ゆっくりでエエんやで」という気持ちが

Pray~神の与え賜いし

にも表れていると思うのです。

この歌は本当に瑞々しい

私のイメージは、何もない白い空間に、
ジュリーが光を浴びて歌っている姿です。

人間として、神様の思うところはあるんやろけど、
どうして人々の生活を根こそぎ奪うようなことをするのですか?
という訴え。

千年に一回という大災、
そのたびごとに、時がたつにつれ、人々は元の生活を取り戻していく。



よみがえれ 僕たちよ
何度もキュンとさせて欲しい

ここのとらえ方は、難しいんですが、
当たり前だと思っていた日常が、当たり前でなくなった時、

それまで何気なくやっていたことがすごく重く感じて、感謝する。

“キュン”
という表現は、言いかえれば、感動や感激することで、悪い意味には使わない。
人間のひとつひとつのココロのキュンが重なり合って、
心の平穏、穏やかな生活を送る素になる。


物質は奪い去られても、生きている人のココロまでもは奪われていないよと。


その先に

この天災は神様が与えられた運命だったんだと思えるように、

そんな心持ができるように、神様に願う姿。

Uncle Donald

歌詞を見て、
もう間違いなく、ジュリーはドナルド・キーンさんに深い感銘を受け、書かれたのだと確信いたしました。

ドナルドさんは、日本人以上に日本を日本人を愛しておられ、
どんどん被災者から心が離れてしまっていることを大変嘆いておられます。


私も別のサイト様のところで、少しだけそういったドナルドさんの嘆きを目にし、
確かにそうだ・・・日本人として哀しいし申し訳ない。
と思い知らされたのですが、

ジュリーがドナルドさんを知った時の衝撃というか、
ショックの大きさがこの歌詞にとっても表れています。

あなたの言葉が突き刺さった日


そして、皮肉的に

絆は消えゆく傷なんだね

と。


これは、ドナルドさんが言われたのか、ドナルドさんの言葉から、ジュリーの特化した言葉への感性の高さから発想されたのか分かりませんが。

いずれにしても、言い得て妙です。悲しいかな。

で、私はちょうど12日の京都新聞にて

法然院で震災の追悼をされた住職さんの言葉で
「絆」とは仏教では「縁」といいます。「縁」だと思って、(被災者の方々のことを)自分に重ね合わせてほしい。
という記事がのっていて、なるほどと思って。

もうこれは感覚的な部分なんですが、「縁」だと思った方が受け入れ易いなと。
そうすれば、おのずと毎日心を寄せることができるのではないかと、気づかされたわけです。

話が少しそれましたが、

もっともっとこの方のことをマスメディアは取りあげてほしいですし、
私ももっともっと知りたいと思いました。

この歌に注文をつける気はさらさらないですが、
強いていうなれば、
歌詞の中に、ドナルド・キーンさんのお名前を入れてほしかったなあ、と。
分かれば納得、納得なんですが、分からないともったいなすぎるというか、
ジュリーに歌で宣伝してほしかったなあと。

そして

RHU

の意味。

何かの隠語のような気がしてならないですが、
いや単に「ルウ」なのか。
謎ですcoldsweats01


Fridays Voice

この曲は、曲だけやともっとアップテンポでもエエんじゃないか?と思うんです。
でも、歌詞を重ね合わせて、もしかして当初はもっとテンポが速かったのを遅くされたのではないか?そんな想像をしてしまいます。

テンポの遅さは、歌詞の重みにもなります。
歌詞の重さでは4曲中、もっともかもしれない。


そして、ここでのジュリーの視点がスゴイと思っていて、
ホンマ、もっともなことを述べておられます。


なんでこんなことさせられるんや!という放射能の怒りを感じてしまいますね。


なんだろう、素人考えだろうけど、
単純に、「電力活用するにあたり、先のことや危険を見据えてたんだろうか?」って、
どこかで、技術が発展して、原発が寿命になる頃にはなんとかなるだろう、みたいに思ってなかった?
津波や、活断層のこと意識せーへんかったの?とかね。
思うんですよね。

なんか、そういうことは差し置いて、コスト的に、はたまた一部の人たちの利益になるようなことしか考えてなかったんやないか?

もうそんなこんな、
いろんな膿がたまって、神様は福島第一をああされたことで、警告を発してるのではと思うんです。
寸でのところで、大爆発という最悪な想定を免れたのも、かろうじて残してくれたチャンスだと。

と、曲の技術的なことはさっぱりなので、
あくまでも歌詞から感じ取った、私の感想。


これはもしかしたら、去年よりもLIVE化けするかもしれない。
激しい曲がない分、
LIVEで聴いたほうが、圧倒的にスゴイような気がします。

いろんな意見や考え方はあるでしょうが、
発売一週間、何度か聴かせてもらっているうちに思うのです。

いつかきっと、あの時ジュリーは被災地に心を寄せる歌を作って、
歌っていてよかったんだ、と。

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コメント

Nashia様、大変お久しぶりですが、相変わらずくまモン+julie合体お絵かきにお世話になっております。ありがとうございます。

Julieの新譜については、オフィシャルサイトであの画面を見てからすぐ渋谷のTWRで予約し、無事10日仕事帰りに持ち帰りました。昨年同様ドキドキmaxの中
着替えももどかしくPCで再生。wwwa 「julie 凄すぎ~~~」「まるで

投稿: Luchia | 2013年3月18日 (月) 08時33分

Nashia様、ごめんなさいね。途中で送ってしました。

続き

御詠歌?吟遊詩人?やっぱり20代に発表した「今、僕は幸せです」からホント変わらない、良く云えばブレナイ人まっ、頑固者っていうのは、julie死ぬ迄このままなのね。」
承知致しました。(by mita) しょうがない、これも惚れた弱味だ、仏教なら[縁]、カトリックなら[恩寵]、不肖私Luchia 鬱陶しいでしょうが、julie 附いて参りますので宜しくお願い致しますわ。

投稿: Luchia | 2013年3月18日 (月) 09時01分

Nashia様、先程は少しっていうかかなりラフな感想で、ごめんなさいね。
現在激リピ中でファンブログ巡りも通常より頑張っております。
まだまだ、自分の中で言える言葉がしっかり象になっていません。
Live迄にはなんとかしたいです。
、某harukaさんのブログに例の[Friendly Voice]~普通だと[反原発デモ]~に参加しました私の体験感想がありますので、宜しければ覗いてみて下さいませ。

投稿: Luchia | 2013年3月18日 (月) 18時44分

Luchiaさん、コメントありがとうございます<(_ _)>


デモ体験のコメント読まさせていただきました。
そうだったんですね。
結局、何回も開催されることで、心からの声が失われ、パフォーマンス化としているのかもしれませんが、 続けていかなければ、ますますあのことが何もなかったことのように、政治が進められていきますもんね。

私も、もちろん原発がなくなることに越したことはないと思っておりますが、
廃炉も含め、NO!とするのはそんな生半可なことではないと思うので、複雑な気持ちでいるという感じです。


ジュリーにはもっと穏やかな日常だったりLOVESONGを歌ってほしいという気持ちもありますが、そんなんやったら、これまでさんざん歌ってきたがな、と言われそうですしcoldsweats01
いろんな歌を歌われることができる、そしてそれを聴くことができる私たち、と今の状況に感謝したいなあという気持ちです。

投稿: Nasia | 2013年3月18日 (月) 19時58分

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