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2011年7月27日 (水)

分刻みの

3月19日、“ザ・タイガース・ファン・クラブ”発足。

4月から日本テレビ“シャボン玉ホリディ”フジテレビ“若さで歌おうヤァヤァヤング”にレギュラー出演。

5月5日、ニューリズム“バウンド”を取り入れた2枚目のシングル「シーサイド・バウンド」をリリース。“シャボン玉ホリディ”出演などのプロモーション活動が幸いし夏に向かってヒット。この曲でタイガースのファンになった人も多い。タイガースは、ブルー・コメッツやスパイダースらの築いた土俵にうまく上がることができた。

5月5日から12日まで第32回日劇ウエスタン・カーニバルに出演。5月1日には、東京・竹芝橋の東京汽船“はまゆう丸”で「シーサイド・バウンド」発表会を行う。

7月24日、25日、西宮球場ナイターコンサートに出演。

8月20日にリリースされた3枚目のシングル「モナリザの微笑」は秋を感じさせるしっとりとした曲で2作連続ヒットとなる。いよいよタイガース熱風が本格的に全国を蹂躙(じゅうりん)しはじめる。

スケジュールも毎日のようにテレビ、ラジオへ出演、雑誌の取材、ジャズ喫茶出演、地方公演などデビュー直後とは比べ物にならない“分刻み”の忙しさとなる。

8月22日、東京・大手町のサンケイ・ホールで初リサイタル『ザ・タイガース・ア・ゴー・ゴー』開催。揃いのユニフォームを着た5人は、満員の観客を前に歌い、動きまわった。デビューからわずか6ヵ月でリサイタルが開けるまでに成長したタイガースは、8月26日から9月1日まで第33回日劇・ウエスタンカーニバルに出演し“最高殊勲章”を受賞する。

9月28日から西日本縦断公演。10月28日から10月31日まで北海道公演。

11月5日、初リサイタル『ザ・タイガース・ア・ゴー・ゴー』を収録した1枚目のアルバム『ザ・タイガース・オン・ステージ』をリリース。同じ日、奈良あやめが池の野外ステージで観客の入れ替え中、観客が将棋倒しになりケガをする事故が起きた。この事故をきっかけにマスコミのタイガースへの風当たりが強くなる。
 タイガース見たさに家出する者や偽造チケットを売る者まで現れ大きな社会問題となり、タイガースのコンサートに行くことを禁止した学校もある。会場の前で教師が自校の生徒をチェック、停学になった生徒もいた。


ここまでの歴史を見ても、分刻みのスケジュールでどうやってリサイタルとか新曲の練習をしたんやろ?って思いますよねcoldsweats01

今の感覚でいうと、タイガースの皆さんの格好や歌なんて全然不良じゃないんですけどねw
むしろそれまではいわゆる「大人の歌」というのがほとんどでしたから、歌の内容が低年齢化して、格好も着流し背広やタキシードとは大きく脱却した王子様スタイルというか、ミニタリー・ルックというかになって。ホンマ大変革で。

その大きな変わりように対して今までの時代の大人たちがついていかない、ついていかなくても大きな抵抗があったんだと思います。

ま、渡辺プロという大きな後ろ盾があったということもあるんでしょうが、そんな社会の反GSの目に臆することなくやりとおしたというのも、立派な成果のひとつですね。

あと、最初のリサイタル、単独公演が大手町のサンケイ・ホールというのも感慨深いですよね。今度の初日が近くの国際フォーラムなんやから。
サンケイ・ホールが今でもあったとしたら、ここが初日やったかもねhappy01

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