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2011年7月25日 (月)

1966年

 アナログ終了の時、もうちょっとなんかあってもよかったと思うんやけど、
N○Kは女子アナがあいさつしただけで映像がパッと変わっただけで終わったしgawk 

 テレビの画質もグンと上がったので、次はファンとしてはやはり・・粗いDVDビデオの画質とはさよならして

 catshine輝かさせな

 
 上京までね。

 岸部修三らは、“日本一のバンドになるためには東京へ進出しなければいけない”と考えていたが、いきなり東京では荷が重いので、まず大阪のジャズ喫茶“ナンバ一番”のオーディションを受けることに決め猛練習する。

 1月15日、姫路の映画館“国際シネマ”でリンド&リンダースの前座としてファニーズは初ステージを踏む。
 1月16日、難関といわれていた“ナンバ一番”のオーディションを受け専属出演を決める。

 5月10日、ローリング・ストーンズの「サティスファクション」を歌って全関西ロックバンド・コンテストに優勝。優勝賞金5万円で「僕のマリー」のジャケットに写っているユニフォームを作った。6月30日、日本武道館でビートルズの日本公演を見る。レコードやラジオで聴くことがほとんどだったビートルズを生で見た衝撃は大きく、メンバーはいよいよバンド活動に没頭していく。

 9月12日、“ナンバ一番”でブルージーンズと競演した際、当時ブルージーンズのメンバーだった内田裕也の目にとまる。10月9日、内田裕也の後押しもあり“ナンバ一番”で渡辺プロダクションのオーディションを受ける。メンバーは緊張して何度か曲をやり直したりしたが、10月21日、渡辺プロダクションから合格の電話が入る。

 10月29日、“ナンバ一番”でファニーズさよなら公演開催。11月3日、バスを借り切って京都府立植物園で“ファニーズお別れ会”を開催する。

 11月9日、ファニーズ・ファン・クラブの会員や親類に見送られて期待を胸に上京。世田谷区烏山町で合宿生活が始まる。


 ジュリーが加入したのが1月でいきなり姫路で前座といえどもライブしてたんやね。
でもそこからの1966年というのは、確かに下積み時代かもしれへんけど、なんだかうますぎるストーリー展開のようなcoldsweats01

ファニーズのメンバーが出会ってやりだした、というタイミングとビートルズ来日、音楽界が大きく変わるというすごい転換期がマッチしすぎで。

言いかえれば時代の上にうまく転がりながら人気の頂点に躍り出たちゅうね。

ちょうどN○Kの番組にも欽ちゃんが出てて、
時代の速度が変わったのに合わせて今までと違う笑いをお茶の間に届けたのが大成功して、一時期は視聴率100%男と異名をとったりして。

ソロになった後のジュリーもそうやけど、今までにやられてなかったことをやって成功させるって、大きな喜びやし、シアワセなことやね。


なんだかエエ時代やったんやな~と生まれる前に思いを馳せるジブン( ̄ー ̄)

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