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2011年4月25日 (月)

大和魂

とりあえず今日まではおとなしく「ザ☆スター」

第4章 大和魂(76年1月30日)

みつけた心情

ぼくは古い時代の一番最後の世代なのだろう。しかし、これから話す大和魂とは伝統的日本人の武士道とか特攻隊のような玉砕精神にのっとったものではない。あくまでもぼくの美意識であり、ぼくの歴史の中でみつけた心情である。

時として人の好意が仇となることがある・・・・・。

確かにぼくはフランスにいった。レコード・プロモートも功を奏してフランスのチャート誌をにぎわせもした。帰国してから出演したテレビ、ラジオの司会者は、ぼくを「世界のジュリー」と呼んだ。

ちがう。フランスのジュリーであったかもしれぬが、世界はやはり遠い。人はそれを好意から出たほめ言葉だという。

ここでぼくはほほえまない。彼らはほんの少し安易にぼくをもちあげてしまった。安易であっても「世界」の二文字は苦しくぼくの胸に突き刺さる。さあ、いってくれ、ぼくの「世界」はまだ遠いのだと。

どこかでみんながぼくにやさしくする。ファンレターはみないし、返事も書かないのだから、もらっても報いてあげられないよとステージ上から話したら、議論になってしまった。

タレントなら誰でもやっているあたりまえのことなのだ、人前でさらすことではないという。なぜファンレターをみないのがあたりまえなんだ。他のタレントとぼくはどうして比較されるんだ。

するとスタッフにジュリーは疲れているんだとなだめられる。疲れちゃいない、ぼくはいけないことをしているぼくに怒っているのだ。いけないことを知っていて、あえてしているのだから、せめていけないと自覚するぐらいのぼくぐらい、残して置きたいのだ。
                  (罪にいさぎよくあるべし)

くちびるかんで

タイガースの人気はぼくらの力と信じていた。若かった。ステージいっぱいに声をはりあげて歌えば、まばゆいばかりのスポットライトはぼくらがキラ星であることを証明するがごとく照らしていた。

「あれは渡辺プロダクションのおかげさ。彼らの人気だけじゃ決してこうはならない」

ある日タイガースのうわさを耳にした。めまぐるしいステージを汗まみれに歌うぼくらの自負は一瞬にして打ちのめされた。あの大きな歓声は、ぼくらのものじゃないというのか!?確実にぼくらのアクションとファンの手拍子が重なってもちがうというのか!?

くやしさに青いくちびるをかんで、二度と何ものにもゆずらないぼくらになることを誓った。

久世光彦プロデューサーによるTBS「サンデースペシャル」の90分ワンマンショー、そのトップにぼくが選ばれた。出演者7人の中にエントリーされたことをまず感謝する。

しかしあえてそれだけのこととして打ち切ろう。これからは己との勝負である。ぶざまな姿をみせつけたらカメラワークのミスではない。それはぼくだ。もう人に肩がわりされるのはごめんだ。

                      (良きもあしきも己に帰すべし)

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コメント

Nasiaさん、貴重な記事を読ませてくださってありがとうございます。
ジュリーは遠い存在のスーパースターだと思っていましたが、当時からこんなにも正直に自分の考えを語られていたのですね。
長年のファンの方々は、ジュリーの哲学とともに青春を歩んでこられたのですね。
遅ればせながら私もファンになれて感謝します。

投稿: すみれ | 2011年4月25日 (月) 15時04分

すみれさん

これからも共にジュリー道にはげみましょうcat

投稿: Nasia | 2011年4月27日 (水) 06時56分

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