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2010年5月15日 (土)

鷹峯へ

多分京都観光の中ではマイナーな地区かもしれませんがw
ワタクシ、こーいうマイナーなトコロが好きなので、
前から気になっていて行ってまいりました。

京都市内の北東部の端といえばいいのでしょうか、
もうここまで来ると、道も狭いし、エッ?こんなところ市バス通るのみたいな感じですcoldsweats01

20100514093801 この地区の代表的な処が、光悦寺
本阿弥光悦。江戸時代初期の革新的芸術プロデューサーみたいな方といえばいいのでしょうか、
書、陶芸、工芸、茶・・・なんでもやっちゃう。しかも今までにないスタイルで。
おお~まさに江戸時代のジュリーやね。(ってちと大げさかw)

そういう方に家康さんがホレとこのあたり一帯の土地を与えまして、光悦さんが一族や職人たちを集めて工芸村を作ったんですね。死後、そのままお寺になって今に至っております。

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中は庭園というより、山荘風というのでしょうか?ところどころ庵がたっており、こじんまりとしておりますが、この青々とした緑の中にしばらくは居りたい気分にかられますね。

小雨だったのですが、この季節には雨にぬれることで緑がより一層映えて輝いてみえますshine

光悦さんは晩年の二十年くらい、この地で創作活動に専念されたそうですが、
きっとその頃とほとんど変わってないんでしょうね。とても居心地のよい処でした。

続きになりますが、光悦寺の近くに源光庵というお寺があります。
行く前に調べて初めて知ったのですが、“血天井”というちょっと怖いものを見ることができます。

1600年、石田三成との交戦に敗れ伏見城で家康の忠臣の一人、鳥居元忠らが自刃して果てた時の痕跡。

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この本堂の天井ほとんどすべてが血天井になっていまして









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足の跡がくっきりと見えますね。








確かに生々しいですが、
でも、なぜこれをあえて天井にしているのか、
じかで見させてもらって分かるような気がしました。

彼等の供養とともに、今に伝えたい「平和」という願い。

そう思うと、逆に護られているような気分になりまして。
しばしたたずんでおりました。

この遺構は、このほかにも大原の宝泉院など、京都の他のお寺でも見ることができるそうです。

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コメント

毎日のぞかせて頂いていますが、お久しぶりです。 
京都への転居、大変なこともお有りでしょうが、羨ましい限りです。
本阿弥光悦、私にはとてもタイムリーでした。毎年送られて来る大好きなカレンダー。
今月は、光悦作の素晴らしい硯箱。
解説があっさりしていて、私の理解力ではちょっと???
しかし、最近すっかり高尚さに磨きのかかったNasiaさんの京都案内のおかげで、スッキリです。
自立、自由、友愛も素晴らしかった!ありがとう。
トホホな私は、校訓ひとつも覚えてません。
これからもブログ、楽しみにしてます。

投稿: moco | 2010年5月15日 (土) 12時03分

mocoさん

コメントありがとうございます。タイムリーな話題にふれてうれしい限りhappy01
しかし、高尚は言い過ぎです。こういうトコロ行っても何か(おもしろいことが)ないか考えてしまいますからw
もちろん、母校の校訓なぞ覚えているわけがございません。ジュリーが優秀なだけですね。
これからも行ける限りはフラフラ散策すると思われますので、気が向いたらのぞいてやってくださいませcatface

投稿: Nasisa | 2010年5月15日 (土) 20時22分

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