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2009年10月13日 (火)

笑いを知る時

「ACT・BUSTER KEATON」
95年のACTですね。
ひとつひとつ、時間があった時に観ておるんですが、
まだこれは一回しかちゃんと観ていないんやけれど、

0910132 すぐに舞台の中に引き込まれて、
95年やから、近年では一番アノ時なので、最初は痛々しいかもな~なんて思ってたけれど、
もうそんなこと気にならなくなって、
なんだかジュリーがとても生き生きと演じているような気がしたんですね。
いや、もちろん今までの(~94)がそうやない、というわけではないんですけど。
「まな板の上の鯉」を堂々と演じている。

この人物が、喜劇王やったというせいもあると思うんですが、
笑どころもたくさんあって。
私はむしろ笑いを通り越して、ジュリーの多才な演技力に関心しとりましたがwobbly

そして、このときジュリーがどう思っとったか、「ジュリー三昧」で確認したんですよ。
そしたら

笑いについて自分がやる舞台の上で演じることとして笑いをとるということの面白さを本当に知ったのはこのときだったんですね。このときは自分がやってて本当に楽しかったね。(笑をとる面白さを知るのに)7年もかかるんですよ僕なんか。

もう納得。嬉しかったなあ~
やっぱそうやったんやねhappy01

そりゃドリフに出ておられるから、自分のやったことに笑ってくれるというカイカンはすでにたくさん体験済みやけれど、でもこういうちゃんとしたお芝居の中の笑いとは質が違う。
ジュリーの中でもきっと欲望として「芝居の中で笑われてみたい」ということがあったと思うんですね。

やっぱり人間て、頭だけやなくて、直接体験して肌で感じとってね。物事を実感することで成長するもんやと思うから。ジュリーもこの時の楽しさがあったから、「春団治」で堂々と笑いの中に涙あり、という演技を演じられるようになられたんやと思います。

別にジュリーのように多彩には無理かもしれませんが、人生は一度きりやし、もっと自分が動いていろいろやってそこから感じ取ることを大切にして人生を豊かなものにせんとね。
ホンマ、新しいジュリーを見るたんび、いろいろ教えていただいとりますweep

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