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2009年7月25日 (土)

わが心の旅(1)

001





2001年9月30日放送だから、
ジュリーもメチャ忙しい中、よく行きはったな~と思いますが、

昨日の某紙面はちとびっくりしたけれどw
私はこんなフツーなジュリーが大好きだから、この番組だけでとっても満腹heart04になるのです。
すごくステキな番組なので、何回かに分けて私なりに記録しときますshine


歌手の沢田研二さんはおよそ25年ぶりにパリを訪れました。
1970年代半ば、沢田さんは日本とフランスを10回以上往復した経験があります。
ヨーロッパで歌手活動をするためです。

25年前、パリで歌手活動を始めたころは、忙しくて街を観てまわる余裕などありませんでした。

そうした中、街を移動するたびに目に入るセーヌ川は、沢田さんの心をなごませてくれました。

002
こんなね、川の幅が広かったかなーって思って。
ホントに、記憶なんていうのはいい加減なもんだと思いましたけど。




1971年、ザ・タイガースを解散し、ソロ歌手としてデビューした沢田さんは次々とヒット曲をとばします。
そして1974年、26歳の年、歌手としてさらなる飛躍の場をヨーロッパに求めました。
当時、毎年日本のレコード大賞にノミネートされていたジュリー、沢田研二がフランスで新人歌手としてデビュー。

KENJI SAWADAは、またたく間にフランスでも人気歌手となっていきました。

3年に及ぶヨーロッパでの活動、日本とフランスを慌ただしく往復する生活を支えてくれたのは、セーヌ川のほとりを散策する時間でした。

003シャンソンでは、よくセーヌ川が出てくるし、
パリといえばセーヌ川。
どんな嫌なことがあってもどんな悲しいことがあっても、川を見てるとずいぶんメロディーが浮かんできたし、自然に助けられるなあという感じはしました。

ひとときでも過去に受け入れてくれたフランスのそれもセーヌという川をとおして、セーヌの源流も見てみたいし、セーヌ川はどこまで行っとるのかなーというようなことも見てみたいしなーという、そういうことをしながら、僕にとっての発見というものがあればうれしいなと。今は思っています。

沢田さんは当時常宿にしていたホテルを探すことにしました。

ホテルこっちだと思うんだけどな~
こんなんだったっけな~

セーヌ川から歩いて15分の所にあったホテル。

ブティックなかったしな~ここはおんなじだよな~

004
マディソンホテル・・・・え~っ!こんなんだったっけ?!



(中に入るジュリー)
全然変わってますね。

質素だったホテルは、三つ星の高級ホテルに改装されていました。
当時このホテルを選んだのは、日本人観光客と会わずにすむからでした。

005 ああ・・そうです。ここらへんは一緒です。
思い出しました!そうです。トイレも一緒です。
そう、この階段。これはおんなじ。

(客室)
フランスに住みなさいって言われて、こっちでレコード出すんだったらこっちで住まないとダメだとか言われて、でもそうはいかんのですよって。日本には大勢の僕を待ってくれる人がいるし。

「追憶」「時の過ぎゆくままに」この時期沢田さんの歌は発売されるたびに大ヒットしました。そうした中、海外への進出は大きな賭けでした。

006考えてみりゃ東京へ出ていってすぐに。下積みとかないんだから。
アマチュアではじめて一年足らずでもう東京来て、テレビに出て、僕なんかもう目標達成!と思ったんだけど。嬉しかったりなんかしたから。
だから苦労らしい苦労をしてないから、日本の中だけではなくて、外へ出て、フランス語でしぼられて、新人として扱われて。というそういう経験というのはすごく自分の中ではいつも原点に返るというか、気分としては壁にぶつかった時には原点に戻る。

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