久しぶりに「ぼんち」を観て・・・
って、つかの間の休みやからいつの間にか
やったけど、
そろそろこーいう黒髪のジュリーも観てみたくなったなあと思う贅沢なヤツ。
『ジュリー三昧』はワタクシにとりましては、ラジオなんやけど、一冊の辞書みたいなもんで、
本格的に舞台をおやりになられた頃はどうやったんやろ?ってふと思ったわけです。
1989年って、そうそうちょうど20年前、時にして平成ちゅう時代がはじまった年ですね。
1989年からはじめた舞台のシリーズなんですが、
グローブ座というところではじめたんですけれど、
今まではシングルがヒットする歌い手だったわけですよ。
ところがそうじゃなくなることがおこってきて、私の生活が一変したわけですよね。
どう一変したか?
すごいヒマになったわけですよ。
で、ヒマになった時に、どういうわけかボクはほっとかれないたちなんだなーと思いましたけど、
イケダミチヒコさんていうプロデューサーがもう渡辺プロを辞めてらして、自分の事務所を作っていて、お芝居関係の仕事をなさってたんですよ。その人から
「ちょっと芝居がかったものを、ちょっと変わったもんをやらないか?」
って言ってくださって、
あんだけ忙しかった人間が、暇になったら、
ほっとかれたら死んでますよ
ほんとに、
池田さんはロンドンでレコーディングした時、「沢田、おまえ歌を演じるというのをやった方がいい」って言った人なんですよ。
その人が丁度僕がシングルというものが売れなくなってきはじめてきた頃に
「おまえちょっと芝居がかった音楽劇みたいなものじゃないけれど一人で演じて歌うようなものをやってみないか」と。
全然形が見えないんですけど、やってみないか、って。加藤直さんていう演出の方がいて、すごいんですよこの人は。この人がやってくれるからと言って、いろんな人を演じたり演じるような、その人になったりその人のイメージを歌ったり、形のないものだけど、それを全部加藤直さんが本を書いてオリジナルなんですよ。いろんなアーティストが出てくるんですけど、その名前を借りて、その人がやったいろんな仕事とかをいろいろストーリーの中に盛り込んだり。
最初はねやっぱり2000人ぐらいのホールでずっとやり慣れてるでしょ。
ところがグローブ座って400人規模の所ですよ。
だから「その代わり沢田、頭のてっぺんからつま先まで、さらしもんだよ。それやる?やったほうがいいと思うよ」って言ってくれて、
「・・・ヒマだしなあ(笑)」と思ってね。
そこでも結果的にはすごく助けてもらって。
僕は歌だけ歌ってたらどうなってただろう、っていつも思うんですが、
なんかの時にはお芝居から声もかけてもらったりして。
そして、ジュリーは結果的には10作続くACT
「ACT・クルトワイル」
を演られたわけですね。
初日の幕が開いて、終わる瞬間が嬉しかったな~
うわあ!なんか失敗もいっぱいしてきたけど、なんだろうこの感覚
終わった時の、この狭い中でさらしものになっている自分ちゅーのをみんなが穴が開くほど見てくれてて、その中でセリフ言って慣れないことをしてるんだけど、妙なカイカンがあったんですよ。
ああ、これだ。やった方がいいって言ってくれたのはこれだったんだな。って思いましたよね。
ただ、その時には、「なんかムズカシイことやってるね」って言われたですね。
っていうのは、僕自身があのハデハデな沢田研二、あのジュリーっていうイメージがあったから、小さいところでやっているというイメージがどうもつながらないと思った人は少なくなかったということなんでしょうけど、これが1、2年でやめてたらそれだけのことで終わったんだけど、やっぱり僕、10年ていうのがなんかあるんですよ。
これが結果的には10年続けることになるんですけど。今も続けて。
この時に養ったことっていうのが、10年間で一番勉強したっていうことがね、とっても歌にもすごい力になっていると僕は思うんですね。
確かに、ジュリーの今の歌声というのは、お年を召されたということもあるかもしれないけれど、昔歌番組に出ておられた頃よりも幅があって深みのあるお声、包み込むというんでしょうか。ですよね。
こういう部分を知るだけでもね、
ああ、人生って無駄な時ってないんやな。
って思いますよね。
省略してますけど、ACTされる前も唐さんの舞台をされたりして、
大声出して叫びまくり~ばかり、イヤヤ><って思われたそうですけど、
だからこそ小規模やけど、彼なりの演じ方というのが確立されたわけですし。
今度は廃盤になっているACTをまた販売してほしいな~
多分、また買うと思うわ
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