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2008年4月26日 (土)

ぼんち@新神戸オリエンタル劇場④

しつこお書くけど、
あくまでも記録用やからね。
これがいちおー最後。

原作でも、幾子はんの死から戦争の影が近づいてきて・・・という頃からなんかしんみりとなっちゃうんやけど、舞台でも一緒やった。

つらいけど、それが時代の流れだったから。

その前に、例の
「おいで~」っていうシーン。

その前のちゃぶ台でも一度「おいで」って言っておられて、?階段でひっぱっていく時に言うんでなかったのか?変更?なんて思っちゃった。
まあっ!喜久ぼんに二回も誘われるなんて~シアワセもんだあ。

寝転んでアイデア考えるのも、大きいけど、ホンマぼんぼんちゅう感じやったわ。

三越での選考会の場面。

この頃から特に、構成がうまいなあと思ったね。
幾子はんの死をあんなふうに表現したんだね。

それまでは笑ったりほほえましかったけど、
彼女の死を知らされて・・・

ジュリーの演技がね。
あのお方やっぱオーラもっとるから、すんごく人をひきつけるでしょ。
場内の雰囲気を一気に悲しみにもっていかれましたね。

悲しみの歌が。
とっても切ない。

華やかなりしあの時代から一気に暗くなります。

あの貞吉も出征。
フラッシュバックのような表現。ドキッとしました。

記憶があいまいなんですが、確かこの出征の直前でしたか。喜久ぼんが傘を持って歌い、歌い終わって、傘を持ったまま横向きでたたずんでいる。

その間バックでは場面転換。
黒子さんたちが、バタバタとやっております。

軍歌が聞こえてくる。どんどん暗くなってくる。
たたずみながら、時間が移動しているという表現でしょうか。

それで最後に持っていた傘を、黒子さんがひょいと取り上げるのですが、
館内から笑いが(ーー;)
ここはそんなシーンか?

後の祖母の無念を語るシーンでも、家を焼いたのは喜久ぼんや~と激しく言うセリフに笑いが(ーー;)
ここって、あまりにも信じられない光景にノイローゼになった祖母を表現しとったと思うので、笑うところやないと思うけど。

出演者の方がブログに東京とは違うところで笑いがくるって書かれていたのは、ここも含めて?
だとしたら、代わりにスミマセンと。

ジュリーの長いセリフというのは、家が焼かれた後の顛末を語っておられたんですね。

大体の方は、幾子さんの死くらいからグッとこられたかもしれませんが、
私はというと、ジュリーが舞台の中央にポツンと佇まれて、映画でいうたら、エンドマーク。幕が下がって、
しばらくして上がって役者総勢「五代目はん~♪」を歌われたところでホロッとweep

いつも彼からは感謝することやエネルギーをいただいております。
特に生のステージからね。
今回もちょうど連休突入前ということで、無事に行かせていただきました。
一緒に手を叩きながら
「ありがとう。ガンバルからね!ジュリー」
と思いながら。

また何か思い出したら追記しようかと思いますが、とりあえずここまで。
ほんと、イッてよかったです。
逢うたんび、シアワセだなあと思えるワタクシでございます。

神戸は東京から見ると地方なので、お花はなかったなあ。
(あっても楽屋かしら)

それで、あれらが、整然と並べられていて、立っているのが男性。
(もーもーちょっとレイアウトが・・・ホラ、○○泥棒さんが家に○○を盗んできたものを警察が整然と並べて公開されるでしょ。アの感じよ><)

男性って、今考えると事務所の方だったんだろーか(T社長とかKマネとか)
顔知らないので、わかりまへんが、もうちょっと意識してみたらよかったなあと後悔。
男性がドーンと立ってるからだろうか、コンサート前後のように、そこに人が群がるということもなかったね。
やっぱバイトでも女性使わないと。なんて、販売指南してどーすんのじゃ!

ということで、ロビーは非常に殺風景でスッキリしておりました。

それで、中で観劇するとね。
なんとなく、ジュリーはこの劇場が好きなんやねと思ったわけで。
毎年じゃないけど、ここはACTの頃からよく使われている劇場。
多分舞台から見ると、グワンと迫ってくるような創りなのかも。
(フェスもそーだしね)
今回のお芝居に関しては、ちょーどよい広さだったんじゃないかと思います。

さ、昨日からですが、連休モードで、
相変わらず人オラン!でやっとります。
やっぱ現実に戻される時がシンドイね。

やったるか。

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