« “ホンモノ”の所以 | トップページ | My流行語 »

2007年12月 3日 (月)

素直に生きて

この雑誌からの取り上げも最終回。(ってほど大げさなもんでもないか)


―ザ・タイガース時代の経験は、その後の人生にどんな影響をもたらしましたか?

J:「まず望みが高くなりますよね。たった4年間であんな経験をしてしまったと思うと、あと僕に残っているのは“続ける”という尺度だけですから。「何年続けたら、あの4年間に匹敵するのかな」と思う。もしかしたら、永遠に追いつけないかもしれないけどね。

ここを読んで、ハッとしたんですね。
ジュリーにとって「続ける」ことの意義は“あの4年間”にあったんだと。
あれから何十年たっても、捨てきれない情熱というか、持ち続けることは大変だけどステキなことだなって。

それでも、ジュリーのスゴイというか、フツーの感覚を感じるのは、サリーが「ジュリーあってのタイガースだった」と言ってるのに、「メンバーの誰が欠けてもあの状態にはなれなかったと思う。その中のひとりでいられたことは、僕にはすごく貴重な宝物です」と。
何も謙遜なんかしてないですよね。それは解散して後年、「色つき」とか同窓会で集まって歌っている映像を見ればわかります。本当に「僕はあくまでもメンバーの一員」をしていますもの。ジュリーだけダントツの人気を誇っていたことは、ご本人が肌身を持って感じていることなのに・・・考えてみると、なかなか持てない感覚だよなあと。

最後はね、これからの人生について。
J:僕も「先はそう長くない」とは感じる。だからこそ「どうせ肉体はいつか衰えるなら、できる間は思いきり突っ走ろう」って思うね。

そして、人生の先輩、時代の頂点に立たれた方の御言葉として。
J:僕は特に、今まで運のなかった人に「大丈夫、これからですよ」って言いたい。反対に今まで運のよかった人は、この先あんまり欲張らないほうがいいね。淡々と生きているほうが運が回ってくるから。・・・・僕なんか諦めきっていた頃に二人に会って、運を掴んだんだもの。あまり「運がほしい、運がほしい」と欲張らず、素直に生きていきましょう、ということかな。

欲張ってはだめ。その時その時の出来事を素直に受け止め、生き抜く。
私もどこまでできるか、健康でいられる間はジュリーを見習い突っ走ろうと。

いろいろと教えて頂き、感謝。

|

« “ホンモノ”の所以 | トップページ | My流行語 »

Julie」カテゴリの記事

コメント

サリーは「ジュリーあってのタイガース」と言ってくれてたんですか?
ジュリー自身は他のメンバーに対して、負い目があるという言葉は、目にしたことがあります。
ひとり人気が突出してしまって、やりにくいこともあったと思う。
ジュリーは控えめで謙虚な人だし、メンバーに最後に入ったということもあるし・・

いろいろあってジュリーやサリーたちとの強い絆が育っていったのね。

投稿: kH | 2007年12月 3日 (月) 15時17分

正確には「タイガースは沢田あってのバンドだったことは事実」です。

タローもサリーもタイガースを解散して、各々仕事をしていかれる中で、このことを実感されたようです。
もしジュリーが完全に「天狗人間」になってたら、お二人との深い絆もなかったと思いますね。スターとしてではなく、沢田研二一個人として地味に(笑)お付き合いされてこられたんでしょうし。

サリーは死ぬ時は少なくともジュリーとタローに側にいてほしいって言ってましたし、タローも葬儀委員長はどちらかにしてほしいって(苦笑)
死期に際してのジュリーのコメはありませんでしたが、おそらく同じ考えでしょうね。

投稿: Nasia | 2007年12月 3日 (月) 18時47分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« “ホンモノ”の所以 | トップページ | My流行語 »