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2007年11月13日 (火)

懐メロにはならない

今はジュリーのソロ初期の曲を聴くようにしてますが、こういう時に思うのが今のジュリーの声で聴いたらどんな感じなんだろうと。

だから、ラスト渋谷で歌われた「君をのせて」なんてとっても気になるわけなんですね。

ジュリーの信念として、与えられた歌には忠実に、というのがありますね。
「君をのせて」一つとっても、30年以上経っていますが、おそらくヘンに崩して歌ってないと思うんですよ。
ずっと同じように歌っててつまんないな、よし気分転換にこんな歌い方してみようとか、MSさんのように、余計に付け加えて歌って(訴えられ)やろうとか、そんな小手先技のような手は使わない。「今の自分でもってあの頃の歌を歌うだけだ」と、そういう想いが歌と同時に感じられます。

きっとジュリーが昔の歌を歌っても“懐メロ歌手”になっていないのは、そういう信念ゆえなんだろうと思いますね。

上記のようなワタクシのつたない文章を埋めるかのごとく、ジュリーがうまーく仰ってくれてます。

「僕にとって歌うということは、どっかで音楽的には歌いたくないっていうのか、音楽的にはできないっていうのか、そういうところがあって、要するに歌なのよ、っていう感じがどこまでいってもあるんですね。だから人と比べれば個性的なのかもしれないけれども、よくよく自分の歌い方とか見てると、僕は癖がないと思うんですけど、癖がないのが好きだからそうしてるし、できるだけメロディに忠実に、それを崩そうとしないで歌うっていうことが好きだし、結局はその人が歌えばその人の歌になるっていうふうにならないといけないんだろうし、違う歌を全部違うふうに歌えると感じるのは錯覚だろうとは思うんだけど、こういうことが不得意だから、それをごまかすために癖をつけるというやり方は美しくないと思ってて、だんだんだんだん高い声がしんどくなってくると、低いほうを響かせようとしてビブラートが大きくなったりしがちなんですが、そういうのもできるだけないほうがいいと思うしね。・・・・・だから、それしかできない、というとこにもっていくまでにいっぱい時間をかけてやらないとダメだと思うんですね。早いうちに固めてしまうというのはよくない。そうじゃないと、キャリアそのものが無駄になるし。最初からこういう玉だって決めて、それを磨くことばっかり専念するより、自分のギスギスしてたり、ほころびたりしてるところを、少しずつ上からパテで塗って大きくするっていうふうにしていかないと、長くやってる意味がないから」
(98年BREATHvol.6)

ごくごく当たり前の感覚でやっておられるだけなんだけどね。
きっと周りが異常なだけかな?

ブログメンテナンスのため、次回の更新は明日の夜以降になると思います。失礼。

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