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2007年10月21日 (日)

カバーされたくない話

以前書いたこととダブルかもしれませんが、ファンになりたての時、スマスマに出演したジュリー。
草なぎ君が昨年のコンサートで「TOKIO」をジュリーの衣裳など真似して歌わせてもらいましたと、告白された時に、あまりいい顔をされなかった。

「ほんとはね、自分の歌を歌われるのは嫌なのよ」

やっぱり公共の電波ですから?怒るってことはなく苦笑い程度で、「あの衣裳はね、タケちゃんマンですからね」と、おい、どっちが先だよ!と思わず考えてしまう発言も飛び出して。(ワタクシ、その時はようわからんかったから、マジで考えちゃった(-_-;)

それでその時正直「なんで?」って思いましたよ。歌って歌い継がれていくものだと思うから、若い人々がジュリーの歌を歌ってもいいんじゃないの?っていう。

そういうことに対して、ジュリーが語っておられます。
「業界的に見れば、普通に考えればありがたいことで、それが宣伝にもなるんだからっておおかたの人は思うらしいけども、人が築いたものを持っていくなっていう気持ちがあって・・・・たとえば今度新しいバンドがデビューするので「ストリッパー」を出したら、やめてください、私は許しません、と。法的には何の拘束力もないんだけれども、使われたらそれまでなんだけれども、でも心情的にはね、自分たちで頑張りなさいって言いたいし・・・全部自分のものでやるべきだと思いますよ」
(1998 BREATH6)

考えてみると、筋が通っている話で、やっぱり(特に業界的に創り上げられた)歌っていうのは、その人自身に授けられたものであって、特権なんですよね。
カラオケで歌ったり、鼻歌で歌ったりするのは別にいいんです。
ただ、他人がそれを糧に「飯を食うのは許さない」ということなんですよね。
名誉毀損までは大げさかもしれませんが、別の人物がやっちゃうことで、元がフェードアウトし、その歌自体の価値を下げてしまう。
最近のリメイクドラマもしかり。リメイクばかりせずに、今大勢の人が呼吸をしている現在を真正面から捉えたものを作ればいいじゃないかと思うのです。

それに、ジュリーのこの考え方はものすごい「プロ意識」を感じません?
プロであれば、自分のコトは自分で生み育てていかんかいっ!と。

ゆえにすごく自分が与えられた歌を愛しておられる。
それは歌を聴けばわかります。
別のところでも、「「職人」に憧れる」というお言葉がありました。
人から「ガンコ」と呼ばれても、わが道を行ってほしい。
そう願う日曜日の午後です。

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