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2007年8月23日 (木)

許し認める

昨日の高校野球は劇的な幕切れとなりました。
とはいっても、納得がいかず悔し涙を流された方もおり。

世間でなくても、私たちの身の回りにはたくさん、腑に落ちないことってありますよね。
今日もありましたけど。私がやった失敗ではないのに、いつの間にか私のことにされて責められたり。
まあそんな時は「誰が」ではなくて、みんなが今度から気をつけたらええやん!と思ったりしています。これは逃げではないと思うんですよね。情報共有してそれぞれのレベルで自覚すればいいことなんです。

なんだかよく分からないこと書いてしまってますが・・・
最近とみに思うことは
「互いに互いを許し合い、認め合える存在でありたい」
ということ。
今日も仕事の最後の食事時間に、今の私に足りていないことをたんと並べていただいた(30分)ありがたい先輩社員がおりましたが、私は普段フリートーク面で無口なので聞く一方。さすがに最後は心の中で「もうちょっとかいつまんで、何が言いたいのか言って欲しいなあ」って思ってしまいました。こういうことって、人からどう思われているのか分かるのでいいことはいいんですが、仕事の最後で疲れている時に一方的に喋る。何も言葉を発しない相手はどう思うのか、もうちょっと聞いてほしかったなあと。私も別に反発して口をつぐんでいたわけではないので(苦笑)
ただ、ここで「話が長いヤツめ」と怒りに変わらないのが、さっき掲げた自分なりの言葉。
これで随分気が大きくなったような気がします。まずだれかさんのように短気でなくなると思います(笑)

かといって、仕事にこの言葉を応用しまくったら、けっこうダラシナイ仕事場になってしまう危険性もありますけどね。とにかく少しでも楽に生きられる手段の一つではないでしょうか?

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