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2007年7月 9日 (月)

とうとう弊害が

以前に両刀使いはできない(仕事とジュリーと)。仕事では積極的に前に出ないように、ジュリーの生き方や考え方を参考に、考え方を再構築して、30代を踏み出そうということを書きましたけど、弊害が出ちゃったなあという話。

昨日の話。ちょっと神経質なパートのおばちゃんがいて、立場的には私が上になっていますけれど、私もシフトをちゃんと判断していなかったこともあって、違う指示を出したせいで他のパートの人ともめたんですね。さっぱりした人なら、しょうがないわ。これから気をつけてね程度で済むと思うんですが、けっこう根に持つ人なので(汗)今までもちょくちょく気に障ることがあったみたいで(私ガラミ以外でも)辞めます、と爆発したらしい。

私もまさかそんなことになっているとも知らず、人づてに聞いて、内心「しゃあないわなあ」とは思っていたのですが、今日になってもめたパートの男性からこっぴどくやられてしまいました。要はオレも悪いが、おまえももっと入ってきて、自分の非を認めて謝れ!ということです。
30分ほど延々と、私が人からみてどう思われているのか、どうしてほしいのか語られましたが、なんだか怒られているけどありがたいなぁと。。

私って、けっこう特異な性格だと自覚してまして、こういうことに関してもウダウダと考えないんですよね。「お気楽が極楽」の心境まではいってないですけど(苦笑)けっこう楽天家なんです。
今回の場合、事務所に用事があっていって辞める騒動になっているのを知ったんですが、内心、今までもいろいろあったし、辞められても仕方ないかなあ、と。自分の母親と年齢が同じなので、母親も最近人間関係に疲れて20年以上つとめていたお店辞めましたしね。パートのおばちゃんの気持ちがわからないわけでもない。

私もなかなか言い返すことができない。というかそういう能力がない(笑)
頭で思ったり、こうやって書き連ねることはできても、おしゃべりに転化することができませんで、じっと男性の主張を聞いていました。

また、30代に向けて課題が見つかったなって。

そして、ふと思ったのが、今では(おそらく)おしゃべりなジュリーの若かりし頃。
彼はどちらかというと内向的。しゃべりの輪の中心にいたとしても、いつも聞き役。
話すより聞くほうが好きなんです。聞きながら「コイツ、あの時オレに言ってたことと違う」とか、「それはちゃうやろ」とか思っていたそうです。
タイガースの頃はそれが神秘的なイメージにつながってよかったそうですが、ある程度時期がすぎると、逆に「コイツ何考えてるかわからん」雰囲気が漂ってきて、ジュリーもさすがにこりゃイカンということで、がんばって喋るようになったそうです。(参考「我が名は、ジュリー」より)

アタタタ、今の私はその時のジュリー状態じゃんと思いましたね(話の輪の中心にはいないけれど)
聞き役の方が楽なんですけどね。でも、ジュリーと同じ「何考えているかわからん」と言われてしまいまして、こちらも不得意ながら歩み寄る努力をしなければイカンなあと思ったわけです。

ジュリーのファンになってはじめはもう夢中で、拘束時間以外はパーッと帰ってジュリーのこと調べてましたし、飲み会に誘われても♪聞きたいから行かないとかやってましたけれど(苦笑)やっと仕事のほうに本腰を入れられる(知られたらマズイ発言ですねぇ(-_-;)心境になってきたので、今日をきっかけにコミュニケーションを大事にしてジュリーのMCのように周囲を爆笑させるところまで持っていきとうございますっ!(ホンマカイナ)

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

こんばんは。つい先刻こちらへきてブログを拝見しましたが、Nasiaさんってしなやかなのね。
淡々としているというか。私は何か騒動らしいことがあるとすぐにあわあわと慌ててしまい、別の視点をもつことができません。本質らしい核心を見逃してしまいます。

辞めると爆発された方にもそれなりの事情があったのだろうし、もしくは善処してもらいたい意図で「かけひき」にでたのか。他人の事情に振り回されるのでなく、冷静になって聴ける態度も必要だろうなと思います。

私も、かなり打ち解けてこないと対面した状態では込み入ったところまでは話せません。
でも、仕事によっては公私をわきまえるからこそ、話さなければならない状況というのが、あるのでしょうね。会社に関わらず、社会においてもそういうことってあるのだなと、最近気づくところがあります。社宅のお母さん達とのかかわりとか、小学生のPTA父母の会とか。難しくて苦手ですが、必要とあれば努力したほうが良いのかもしれないと思いつつあります(^^;) 遮断するより、つながっていたほうが、後々何かとしごとがやりやすいですもんね。


投稿: タジリ | 2007年7月 9日 (月) 21時37分

こんばんは
仕事となると、自分の性格はどうであれ、ホウレンソウ(報告・連絡・相談)はきっちりしないといけないということですね。今の時期は、(もうすぐ忙しくなるのですが)暇なので、ダラダラしてしまい、そういうことが疎かになっていたなあと反省しています。
ご家族を持たれると、独りの時には考えもしなかった人間関係で悩まないといけませんよね。私もプライベートでは仕事の人とは深い付き合いはほとんどしません。だからこそ、仕事では最低限のつながりを持っておかないといけませんよね。ご家庭の周囲を仕事にたとえても同じだと思います。さっぱりした関係が理想です。

いいなぁ、こういう関係と思ったのが、「春団治」パンフ(番付)の直美さんのコメントにありました。
直美 目に力のある方でしょう?一緒にやっててスーッと引き込まれるときがあるんです。舞台の上で役柄としてだけでなく役者としても緊張感を交えた交流ができるというか。私、沢田さんとは幕開く前にちょこっとお話するぐらいで、喫茶店でお茶を飲むとかご飯食べにいくとかそういうことはまったくありませんけれど、なんかいい感じで交流できるんです。それでそういうのが、私の一番好きな形なんです。

投稿: Nasia | 2007年7月 9日 (月) 22時29分

>さっぱりした関係

そういうことなのでしょうね。
私が学生時代の恩師も、以前そういう発言をしておいででした。当事は、「公私分け隔てなく」付き合えるのがよいのでは・・・?などと思っていましたが、今になると「さっぱりした関係」の価値、その大切さが分かります。

「春団治」パンフからのご紹介ありがとうございます。仕事仲間として「大切な人」との思いがあるからこその節度や距離を保った関わり方という考え方ですね。素敵だと思います。

私の場合は面倒を背負い込むのが苦手で、つかず離れずの「学校だけのかかわり」を、近隣の方々との交流を続けてきたのですが、それは自分勝手なのかな?と悩んだ時期もありました。もっとプライベートで関わらなくては「友達」にはなれない? とか。しかし、仲良くしないのではなく、「相手とベッタリと関わりすぎない」ことで、「(相手に)自分の重たい部分を見せたり、背負い込ませないで済む」ことにもつながるのならばお互い様かな、と思うようになりました。

捉え方は「直美さん」たちとは全く違い、てんで拙い考え方でしたが、直美さんたちの関わり方を見習って相手を認めつつ「さらりと」つながることが出来れば理想だなと思います。

投稿: タジリ | 2007年7月10日 (火) 08時01分

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